多忙は怠惰の隠れ蓑である
- 1 日前
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「多忙は怠惰の隠れ蓑である」
コピーライター・糸井重里氏の恩師の言葉とされています。
通常の運営に加え、お問い合わせから入塾までの対応(保護者面談 → 体験授業 → 入塾手続き)、そして新規入塾生の授業立ち上げ——毎年4〜5月にかけては、慌ただしい日々が続きます。そんなとき、決まってこの言葉が頭に浮かんできます。
この言葉との出会い
初めてこの言葉に触れたとき、強い衝撃を受けました。
当時の私は前職で、ほとんど休みが取れない状況で働いていました。「忙しい」を言い訳にして、家族や友人との大切な時間を後回しにし、しっかり向き合うことのない日々を送っていました。
忙しい状況に流されるまま、時間をつくる工夫も努力もせず、ただ仕事に追われるだけ。まさに——「多忙を言い訳にして、怠惰を隠していた」のです。
「多忙は怠惰の隠れ蓑である」そんな自分を鋭く照らし出す、戒めの言葉となりました。
「慌ただしい」を「忙しい」にしない
この言葉と出会ってから、今までの自分を反省し、一つのことを実践していくことを決めました。
「慌ただしい」を「忙しい」にしない。
慌ただしい状況そのものは、コントロールしきれないこともあります。でも、その状況にただ流されるのではなく——精神的にも時間的にも、主体的に自分を整え、「忙しい状態」にならないようにコントロールしていく。
試行錯誤を重ねながら実践し続けることで、年を経るごとに変化を感じるようになりました。計画的に仕事に取り組めるようになり、同じ仕事量でもゆとりを持ってこなせるようになり、公私ともにバランスよく、充実した日々を送れるようになってきました。
「忙」という字の意味
「忙」を分解すると、「心を亡くす」という意味になります。
「心を亡くす」には、人それぞれに解釈があると思いますが、私はこう捉えています。
「自分のことに精一杯になって、他人への心遣い・配慮に欠けてしまいがちな状態」
塾の仕事に置き換えると、よくわかります。心の余裕がなくなると、普段なら自然と気づける塾生たちのちょっとしたサインを見落としてしまったり、言葉が必要以上に厳しくなってしまったり、周りに余計な気を使わせてしまったり。
それは、私が最も避けたい状態です。
スケジュール的な慌ただしさは、どうしても避けられない時期があります。でも、心の忙しさは、自分でコントロールする——それを実践しています。
「忙しい」を俯瞰する
慌ただしい=忙しいの一歩手前、と認識して——「では、時間と心のゆとりをどうつくるか」を考えること。この習慣こそが、心のゆとりを守る、最も確かな方法だと思っています。
慌ただしさに飲み込まれて「忙しい」になるのではなく、ゆとりを意識して作り出す。そのためにも、時間と心の使い方を、日々丁寧に整えていきたいものです。









